例えばそれが詩というか。

ネット詩人、5or6。若いミュージシャンを応援したり、ラーメン食べたり、詩を書いたり。

ファンでいる事とファンの定義を考える

今まで生きてきてずっと続けているものを辞める時、それは身体的な理由か精神的理由か金銭的理由か、各それぞれだけど誰かを応援する事を辞めるというのはどういう感情なんだろうか。今まで寄り添っていたものから離れる。結婚について考えると離婚だし活動について考えると脱退、会員について考えると解約、色々あるけど、もういいかな?という瞬間は誰だってあるはず。
もういいかな?
急に俯瞰的にまとめてしまう感じ、散らかった服を綺麗に畳む感じ。机に置きっぱなしの食べたお菓子の袋をゴミ箱に捨てる感じ。学校から帰ってきて自転車のストッパーをした感じ。やりきったわけでもなく、ただ、もういいかな?と気持ちが着地する。
紙飛行機を窓から放り投げた時の期待感とすぐに回転して地面に落ちた現実的な安堵感。そうだよね。
いったい何を期待していたのかわからないまま終わってしまう一日のほんの些細な出来事で今までの事が瞬時にまとまり縮まりスーパーボールのようになって弾んで心の外に飛んでいく。
それが何回目で止まったかなんてもう見てない。
あっという間に次の場面に変わるファミコンのゲームのようにそれは確かだ。
黒板に書いた定義は画面保存するだけにあって
いつそれを見るかなんて本人すらわからない。
それは確かにあなたのものだろう。
だけどみんなのものでもあるだろう。
全てを知りたくは無いけど知らなければ間違える。
ふたまたのみちに佇むお坊さんがその分かれ目にある地蔵に念仏を唱える。
その時間の間に一つの道は商人の馬車に遮られ、残りの道を歩くお坊さんは山賊に襲われて殺される。だからといって誰が悪いわけでも無い。そのお坊さんは自分の道を行くと常に唱えていたのだから。
南無阿弥陀仏。
成仏した魂と成仏出来ない魂。
誰かを助けているという考えで誰かのストレスを与えつづけているのもどうかと思う。
そう別れ際のカップルの声がサイゼリヤの向かいの席から聞こえた。
知らんがな.
いい年こいてとんがりコーンを指につけて歩くなよ。
なんか蛙化って若者が言っていた。
それは暑い暑い灼熱の日だった。
それでも秋はやってくる。
そういえばオタマジャクシを最近見てない。

という散文詩。

ニガミ17才ツアー名古屋公演に行ってきました。

ニガミ17才。
「おしゃれかつ変態な音楽の表現」をコンセプトに掲げる、日本の4人組ロックバンド。2015年頃に結成して2016年から本格的に活動開始。中毒性の高い独自のサウンドと強烈な世界観が売りのバンド。本メンバーはボーカルの岩下優介さん(元「嘘つきバービー」)とシンセサイザー兼グッズデザイナーの平沢あくびさんの二人体制、サポートメンバーとして、谷朋彦さん(ドラム)とBENCH.さん(ベース)が加わり唯一無二の「おしゃれ×変態」サウンド、変則的なリズムや意図的なノイズを巧みに織り交ぜ、思わず体が動いてしまう心地よいグルーヴ感が特徴。一度聴いたら忘れられない中毒性あり。
そんなAIチックな紹介でしたが自分はあの独特の歌詞の世界観とあくびさんの異次元なワードセンスに惹かれてファンを続けています。
コロナが流行る前はブレイク寸前バンドとしてメディアから注目され、芸人からもファンが多く、さあコレからだったのですがLIVEが出来なくなってしばらくしてドラムが脱退し、新たなドラマーもすぐに辞めてしまうという負の連鎖があり、サポートドラマーの谷さんが入ってコロナも落ち着いてさあ再開だという時にまさかのベース脱退でLIVEが出来ない状態となりあわやバンド分解までいきかけましたが岩さんとあくびさんの諦めない心により新たなサポートベーシスト、BENCHさんが今年加わる事によりバンドが周りだし、あわよあわよとLIVE、新曲発表、ファンクラブ始動、ツアー開始と怒涛の日々となり、ファンとして嬉しい状態で名古屋公演に参加してきました。
ニガミ17才というバンドの魅力は音楽の自由さにあります。毎回変わるアレンジ、曲の合間に中断して急に始まるMCやアドリブ、あくびさんのパフォーマンス。それを支えるサポートメンバーも信頼感が伝わり実力もあります。楽曲も新曲は今年一曲発売されましたがアルバムはもう何年も発売してません。しかし昔からの楽曲も全く古びない。それは歌詞も楽曲も本物だからだと思います。良い物は古びない。これはアート全般に言える事です。ニガミ17才の楽曲は古びないからこそ何年もアルバムやシングルが発売してなくてもLIVEがあればソールドアウトする集客力があるのだと思います。
今回新栄シャングリラでのライブも新鮮な気持ちで楽しく踊らされました。物販はLIVE後あくびさんが接客していたので挨拶をして古くからのファンと挨拶をしてからレンタル自転車でウェルビー栄に行きカプセルホテルに泊まって帰りました。
自分も足が痛くていつまでライブハウスに通えるかわかりませんが、頑張って応援していきたいです。






プリンスが死んで十年。

プリンスが死んでもう十年。段々とプリンスの生きていた歳に近づいてきている。俺も膝がいたい腰が痛い、もう100パーの力で生きてない。身体的に50パーくらいで後は気力だけだ。みんなそうだろう50過ぎたら体の負担が加速的にダメになっていく。筋肉もすぐに落ちるし、そんな中でプリンスはあの超人的なコンサートしていたんだと思うと凄いエネルギーだったんだろうと考える。
でもある日、彼はふと、気が抜けてしまったんだろうな。その途端、彼は少し小さく見えて細くなっていたのか、明らかに外見は変わってしまった。
それから何年もしないうちに倒れて、数ヶ月経たない間に亡くなってしまった。あっという間に居なくなって、残された人に何にも伝えてなかった。ただ膨大な曲だけ残して。
人生で何が幸せなのか?
名声、お金、豪邸、権力、社会的な地位を確立して全世界から尊敬される存在になっても家庭だけは手に入らなかった。
最初から、最後までなかったもの。一瞬だけの思い出すら閉じ込めて壊してしまったもの。
彼が手に入れなかったものを今当たり前のように生活している事がどんだけ幸せか、
段々と彼の歳に近づくにつれわかってくる。
彼が残したものは全てわからないままかもしれないが
それでいいと最近は思う。
人間なんて全てはわからないまま生きてるから。
全てのことなんてどうでもいい。
でももしかしたら、
人生に大切なものがまだあるかもしれない。
そういう期待を胸に今日も生きてる.

今日は安位薫様にお会いする事が出来た日

めっちゃ久しぶりにブログを書くのだけど書かずにはいられない。だって六年間憧れだった安位薫様に会えたんだもの。しかも会話も出来たしハイタッチも出来たし。でもサインもらうの忘れてしまった。
チェキも撮れなかった。ちくしょー!(急に欲が出て悔しくなった。)でもハイタッチしたもんね。はぁ、素敵だったなぁ。何かDJイベントに呼ばれて来ていたけど名古屋、良かったなぁ。ついでに寄ったプリンスイベントも楽しかったなぁ。プリンスイベント二の次で安位薫様メインだったからもう安井薫様、様様だなぁ。俺、キンもいなぁ。キンもい。
あーやだやだ、このクソ親父は本当にしょんないよ。これはあれだな。武田信玄と戦ってめちゃくちゃに負けてビビり散らかしてクソ垂れ流しながら逃げた徳川家康の肖像画みたいな戒めのブログだな。
うんうん。ウンコは漏らしてないけどね。
あー酔ったなぁ。寝よ。
追記
安井薫じゃなくて安位薫さまだった!
直しました。



IMAXサインオブザタイムズを観ました。

サインオブザタイムズのIMAXを観に行きました。
日比谷TOHOシネマズ、
真ん中獲れた。
入る前に気分が高まり中華食おうと入ったらお高い店であまり美味くなかった。ガッカリの気分で入場。
ポップコーンも買うの忘れた。
TOHOシネマズの長いcmを過ぎて映画泥棒が終わったら始まる!と思ったらアバターの新作CM、俺アバターキモいから嫌いなんだよね。個人的感想。
さて、やっとIMAXの上映がカウントダウン。そんなに違うのか?
ジジジジジッ!と迸る球体の中のプラズマ、クリスタルボールが写りキャットとプリンスの寸劇が始まる.確かに音が良い。
サインオブザタイムズのギターが鳴り響く。ドラムが腹に響く。まるでライブハウス。丁度いいプリンスの立ち位置。肌の毛穴や化粧もクッキリ!キャットこんなに厚化粧だったのか。オープニングで知らずに涙が出てきた。まるでプリンスが生きてるみたい。流石のクオリティー
ハウスクエイクまでの怒涛の流れからのスローラブで一息だがプリンスの服に染みた汗が生々しい。
今まで見ていた映像はなんだったんだ。
手拍子や掛け声が出来たら良いのにと何度も感じた。インマイライフ、ビューティフルナイト。前の席に片足かけて踊りたい。
映画館を肩に手をかけてみんなで歩き回りたい。
オーエーオ、オーオ!とみんなで叫びたい。
そんなウズウズした感じでラストのザ・クロスで昇天。ボニーの投げた花びらが頭上に降り注いで戻っていく。プリンスの時間がループする。
何度も繰り返される諸行無常

最後のエンディングロールが終わり拍手がなる。
素晴らしい体験でした.

是非劇場で見に行ってほしい!

#、ツイート詩、1bit、2024.

#

ボール一杯のポテサラを
母の日に作る
娘が昨日耳打ちをして
明日は母の日だからね
と念を押したからだ
出不精の嫁は
俺とゲームをしたいと言った
娘はクッキーを作ったが
分量間違えて泣いた
二人で手伝って何とか出来た
嫁がありがとねと言った
寝る時
母の日を忘れてた母さんから
メールが届いた。

#

いくら賢くても
いくらバカでも
人と人の争いは絶えないねぇ

足が弱い娘が
廃校になった小学校のブランコに乗り
嫁の弟の子供達と遊んでいる

黄色いタンポポが一面に溢れて
道沿いの土手にぽつりぽつりと
白いタンポポが咲いてる

爺さん婆さんが一面に溢れて
子供達がぽつりぽつりと
出兵する。

#

生きにくい蚓がのたうちまわり
痩せ細った犬が腹の虫の薬として食らう
大地は干からびて
じりじりと時代がゆらめいていく
明日という文字に月は一つ
日々を過ごして欠けていく
じーじーと虫が鳴き犬が走る
あめんぼが渇いて踏まれた
冷たい風が吹く
やがて雨が降るだろう
生き残りの蚓がのたうちまわる

#

誰かを好きになると次第に
悪い部分もみえてきてしまうけど
それを含めてかわいいと思える人と
付き合えば良いと思う

会うたびに愚痴をいう
居なくなったら愚痴をいう
少しの事でイラつく
もう顔を見たくない
そんな繋がりが溢れてる

テレビを見て
ぷーと屁をする
しばらくして
ぷーとあなたの音がする

#

The Charade - Dangelo 訳詩。

The Charade - Dangelo

https://youtu.be/IRCLjK5OWjU?si=RoHbAcFNjTrf_Vi0

結末が決まってる迷路を這ってる
そして死の苦しみ
目を覆いたくなる痛み
緊張の中、欺瞞の世界を進む
俺たちの声なんて聞こうともしない
(やれやれ)
夢想家は疲れ果てた俺たちの横をすり抜けていった
マスゴミ達がお決まりの洗脳で世論を支配する
俺たちはただ話したかっただけなのに
道路にチョークで描く俺たちの輪郭
100万マイルも歩き続けた血まみれの足裏
一日の終わりにわかるのは、偽りの世界。

教祖は信者にもっと祈りを捧げよと声をあげる
もっと貢物を捧げれば貴方は報われると
そんな詐欺師達に騙され野蛮人に追いやられた
主犯者達よ、俺たちだって素人じゃないんだぜ
俺たちはただ話したかっただけなのに
道路にチョークで描く俺たちの輪郭
100万マイルも歩いた血まみれの足裏
一日の終わりにわかるのは、偽りの世界

覆われたものに気付けば世界が見えてくる
その時に俺たちは行進する
その日は決して遠くないと思う
決して遠くないと思うんだ
一日の終わりにわかる、偽りの世界
おれ達はただ話したかっただけなんだ。